お誕生日のケーキは、小川のある草原の中のRAV4。手作りを喜んでくれるので、作りがいがあるというもの。いつまで、私の手作りを喜んでくれるのだろうか・・・
【初めてのキャンプ】
初めてのキャンプは、3家族で行った。テントにくいを打ったり、背丈よりも高い草むらを棒でよけながら進んで行く姿を見て、大きくなった、頼もしくなったなぁと思った。[写真 b)]
一緒に行った久美ちゃんのお父さんがこのあと亡くなるなんて、思いもしなかった。やっとできた娘さんの入学式の日がお葬式だなんて、神様はいじわるだと思った。健ちゃんが背中を震わせて泣いている姿をはじめて見た。
【食卓セット】
結婚してからずっとカウンターでご飯を食べていた。鉄平は、赤ちゃんチェアのテーブルで食べていた。そろそろみんなでそろってテーブルを囲んでもいいかなと思い、9月18日我が家に食卓セットが仲間入りした。リビングセットをどけて、カーペットを取り、床をふいた。鉄平もクィックルワイパーを持って、リビングを何度も往復していた。きれいになったところに食卓セットがきた。鉄平は、いすにすわってテーブルに手をついて、それから紙とペンを持ってきて、お絵描きを始めた。今まで、そういうスペースがなかったんだ・・・これからは、思いっきり、このテーブルで絵を描いてねって思った。
下にあったカーペットを2階に持って行って、鉄平の部屋を部屋らしくした。引出しや昔使っていた折り畳みのテーブルにカバーを掛けて机にした。鉄平の部屋は2階の南東の一番いい部屋。カーテンは、男の子用に考えたモスグリーン系のもの。女の子を私が産むなんて考えられなかった。男の子を産むと思いこんでいたのだ。
食卓セットが来たことと鉄平の部屋ができたことで、自分の作業場ができたと思ったみたい。この年から、工作やお絵描きを始めだした。

鉄平は、2歳の終わりに私がぶら下げたにんじん(ひらがな表)に食いついてきた。字が読めることがうれしかったんだろうと思う。行くところ行くところで、読める字を探していた。カタカナの表も貼ったら、また食いついてきた。無理に教えなくてよかったと思う。生活の中で、ひらがなで書くもの、カタカナで書くものの区別がきちんとできていたのだ。これは、いいかげんだった私の思わぬ収穫だった。勉強は、言われてしたって身につかないと私は思う。私が母に感謝していることのひとつは、勉強しろと言われなかったことだ。言われなくてもやっていたのかと思われるかもしれないけれど、No!
やる気になるまで見守ってくれたのだと思う。それと、人生の岐路に立った時、自分で道を選ばせてくれたことだ。壁にぶつかっても、自分で決めた道だから、人のせいにするでなく、周りの人に助けられながらも、自分で乗り越えて行けたと思う。私は、あの人の子でよかったと思うし、知らず知らずのうちに母が私にしてくれたことを鉄平にしようとしているような気がする。
【本について】
母親になったら、ひざの上で絵本を読んでやろうと思い描いていた私。子どもはみんなそれを望んでいるだろうと思っていたのだけれど、それは大きな誤算だった。移動図書館をいつも利用していたのだけれど、鉄平は絵本には興味を示さず、“宇宙”とか“地球”、“海”といった本に興味を示した。それも読んでやるのは、ダメ!
自分で読むのがいいのだ。ゆいいつ気に入った絵本は、かどのえいこさんの“おみせやさん”という本。こんな子どももいるんだなぁ。子どもはこんなものだと決めつけちゃいけないのかなって思った。
【お気に入りの本】
| おみせやさん |
かどのえいこ |
| 地球 |
加古里子 |
| 言葉図鑑 |
五味太郎 |
【芸達者!】
その1.【タオル芸】
オープニングは、タオルで「の」と「し」を書くタオルを頭から側面を沿ってあごのところで巻いて「田吾作」。ターバン風にして、「フランソワーズ・モレシャン」「アラジン」。後ろでくくって、「はたきをかけるおばさん」。鼻の下でくくって、「ねずみ小僧」、鳥取銘菓「どじょうすくいマンジュウ」。流れのよい出し物。わたしは、サル回し?(ちなみに我が家は、3人とも干支はサルです!)
その2.【腹芸】
誰も教えていないのに2歳ごろからなんとなく、お腹が波打っていた。3歳には、完全に習得。お腹に目と口をつけて、腹芸をさせて、ビデオに撮った。喜んでもらえると思ったのに、みんなのひんしゅくをかった。私と鉄平は気に入っていたのにぃ・・・
【七五三】
11月、七五三で岡山の吉備津神社に行った。どんな格好にしようかとずいぶんいろんな服を見て、最終的にPAPPの少しオレンジか入ったようなベージュのスーツとこげ茶系のネクタイとポケットチーフ。ベージュ系の細いストライプのカッターシャツ。アーガイルのソックス(伸ばして履かせすぎたのがちょっと後悔!)とこげ茶のデザートブーツ。我が子ながら、イヤイヤ我が子ゆえに「かわい〜い!」を連発。健ちゃんも私もスーツ、お宮参りの時以来なので、落ち着かなかった。帰りに写真やさんで、着物の写真2ポーズ、洋服の写真2ポーズ撮った。洋服の写真は、花束を持ったもの。クラリネットを持って足を組んでいるもの・・・5年先にこのポーズを撮ろうと言っても絶対に撮らせてくれないだろうな。ということで、鉄平をおもちゃにしてしまった私たち親を許してちょんまげ!
【お気に入りの遊び】
一番のお気に入りは、迷路だった。近くにおもちゃ屋があって、雨の日にふと立ち寄った。迷路のノートが目についた。食卓セットも来たことだし、机に向かってする遊びも与えたいと思っていた時だったので、迷わずこれを買った。年齢のものを与えたら、あっという間にやってしまった。ノートの年齢(何歳用)はあくまで目安なので、したいのであれば、やらせてもいいかなぁと思った。よっぽど好きだったんだろうと思う。8歳のものまでやった。私はめんどくさいのが嫌いなので、どうぞ、好きならやってって感じだった。これが字を書く練習なるなんて思いもしなかったけど、筆圧をつける練習になったように思う。明らかに、最初の頃と違うと思った。
食卓セットが来たことで、前述したように2階の部屋が鉄平の遊び場になった。物をあまりほしがるこではなかったのだけれど、お友達のうちで遊んでから、プラレールをねだるようになった。私立ちだけでなく、おじいちゃん、おばあちゃん、桂子ちゃん、サンタさんにねだって、あっという間に収納箱いっぱいにプラレールが集まった。広げたら、ひと部屋では収まらないんじゃないのって感じ。贅沢させてるんじゃないかなぁと思ったけど、他に買って与えていないので、まぁいいかなぁって自分に言い聞かせた。毎日のようにいろんな形を作って遊んでいた。ブロックとかプラレールは子どもの想像力をかきたてるんだろうな。
【お気に入りの遊び】
【お気に入りのテレビ】
| つくってあそぼ |
| マジカル頭脳パワー |
| 大相撲 |
| VOICE21 |
3歳になってから、親子で一緒に遊べることが多くなった。岡山港や吉井川に、弁当を持って釣りでかけたり、前の日にパンを作って、スキーにも行った。このころから、近場で遊ぶことが多くなってきた。岡山、鳥取、兵庫、香川が遊びの中心だった。去年は8回行ったスキーも、今年はなんと、10回も行ったのだ。リフトで上に上がって滑るようになった。一緒にスキーを始めた私としては、鉄平にだけは負けたくないと、子ども相手にライバル心を燃やしていたと思う。が、抜かされるのも、時間の問題だろうとは思った。[写真 n)]
後半大好きだったのが、NHK教育テレビの“つくってあそぼ”だった。身近な材料を使ってする工作。毎週ビデオに撮った。ビデオを見て、それから材料を用意して、工作タイム。いつのまにか、プリンカップ、ラップの芯、牛乳パック、厚紙、ひご、セロテープ等々、家にはなんでもそろっていた。買ってほしいとねだるものは、工作をする紙皿やストロー、紙コップ。私が買ってやったおもちゃは、前述したプラレールのみだった。
[写真 o)t)v)w)]

おじいちゃんたちとカタクリの花を見に行く約束をしたら、竹ひごの先に色紙でチョウチョを作っていた。持って行って何をするのかと思っていたら、カタクリの花にその蝶を止まらせていた。[写真 s)]
家では、観葉植物のドラセナコンシンネの木に、「ドラちゃん、おはよう!」とあいさつをしていたし、クリスマスの日にも、プレゼントサンタの人形に、「いくところがいっぱいあるのにてっぺいのところにきてくれてありがとう。」っておじぎをしていた。

5月終りから6月始めにかけての我が家では、晩ご飯のあと、近所の用水にホタルを見に行くのが日課となっていた。あるとき、草むらに弱った蛍を見つけた。死んでしまうと思ってそのまま連れて帰り、ホタルブクロの中に入れてお墓を作ってやろうと思って連れて帰ったら、最後の力をふりしぼって(?)飛んで行ってしまった。飛んでいったホタルが無事に帰れるか心配で泣きながら次のお手紙を書いた。

上がホタルへのメッセージ、下が家から用水までの地図だそうだ。この優しい気持ちをいつまでも持ちつづけてほしいと思った。
【お父さんにお手紙】
3月から、お父さんにお手紙を書くようになった。毎日、便箋1枚、1文を書いて、お父さんの帰りを待っていた。健ちゃんは、毎日帰るのが楽しみだったと思う。

4月、模造紙に、鉄平を寝かせて型を取った。そのあと、鉄平にえどらせて、顔や服を描かせた。身長95センチ体重14キロ。鉄平は、身体の部位の名前を書いていた。目を放したすきに、ちんちんも書いていた。この頃から、しもネタが大すきになった。“ちんちん、うんち、おなら”が、大好き![写真 r)]
【げた】
歩き始めた頃から、下駄を買ってもらって、家ではずっと下駄を履いている。七五三の時に、ぞうりを履いて階段を上がれない子どももたくさん見たけど、鉄平は、靴より下駄の方がいいみたい。夏も冬も下駄を履いていた。

ミシンでバンダナを切ってキャップを縫ったり、餃子を作ったり、育児をするという気負いは全くなく、一緒にいろんなことができる仲間ができたみたいで、メッチャ楽しかった。優しさみたいなものは、教えるというより、私のほうが鉄平からもらったように思う。[写真 p)]
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